KAC MAGAZINE

「ウイルス感染症」と聞いて、かつての動物管理を思い出しました

コラム

遅かった情報発信 - 遅くなった対策 - コロナウイルス・パンデミックの始まり

コロナウイルス感染拡大によるパンデミック (Pandemic) の始まりは2019年12月8日以降の (市中ではもう少し前から発生していたとされているものの、明らかではない) 、中国・湖北省武漢市で発生した原因不明の肺炎の集団発生であった。肺炎はウイルス感染によるものであり、新しいタイプのコロナウイルスであると同定され、さらに既知の他のヒトコロナウイルスとは異なるものであったとメディアを通して公表されました。WHOは当初中国当局からの “ 情報提供 ” であったと発表していましたが、後日この一報は2019年12月31日にWHOの現地事務所が入手していたものと訂正しました。その後のWHOからの問い合わせに対して、中国当局は2020年1月 11日になって “情報提供” としての報告があったことから、我々はその詳細をDisease Outbreak Newsとして知ることになりました。新たな感染症の集団発生から既に1ヶ月も過ぎたころでした。

国内における感染例は、年末年始を武漢市に滞在し、1月3日に帰国した神奈川県在住の男性が、2020年1月15日に確定診断された事例が1号であったと公表されています。その後の確認例は武漢市からの帰国者あるいはその濃厚接触者からでしたが、2月になると海外渡航歴のない日本人がほとんどを占める市中感染の様相を呈してきました。その中には屋形船新年会での集団感染あるいは初の院内感染が出るなどが記憶される事例になりました。

 

新型コロナウイルス感染症の急激な減少  - 感染者数が2ヶ月かけて増加、2ヶ月かけて減少 -

昨年の1月15日以降、直近の10月25日までの感染者数の全国累計では171万6753人に達していますが、2ヶ月前の8月20日一日の感染確認者数は2万5851人まで増加し、医療崩壊を本当に心配したものでした。しかしその後の感染者数はほぼ7~8日経過毎に半減を繰り返しながら、2ヶ月経った現在 (10月25日) は147人/日の増加に留まっています。

この新規感染者数が減少に転じた要因は何だったんでしょうか。国立感染症研究所による公式見解では、我々個々人や事業者による感染対策が浸透してきたこと、若者を中心とした夜間滞留者が減少したこと、ワクチン接種率が向上したこと、医療機関や高齢者施設でのクラスター感染が減少したことなどを挙げています。

報道によればアメリカ、ドイツにおいても同様な増減パターンが見られると言う。しかしこの要因分析ではなかなか納得できませんね。

 

新型コロナウイルスが自滅を始めた? その仮説・・・

最近、期待を込めた有力な報告が出てきました。ドイツの生物物理学者でノーベル化学賞を受賞 (1967年) したマンフレート・アイゲン博士が唱えた 「エラーカタストロフの限界」 という考え方です。ウイルスは増殖に際しては自らの遺伝子をコピーすることで増えますが、このコロナウイルスのゲノムRNAは約3万塩基と、RNAウイルスの中では最長であることが特徴です。どうやらこの長い塩基が災いして、コピーミスが起こりやすく、増殖スピードが増してくるとそのウイルスの生存に関わる遺伝子までがコピーミスをしてしまい、ウイルス自身が自滅してしまう・・・という考え方です。第5波で猛威を振るったデルタ株は従来株に比べて、感染力 (増殖力も約4倍以上) も増して来ましたが、結果として自らの首も絞めてしまったということでしょうか。 (早く走り過ぎて息切れをした??)

感染者数の急減を辿る新型コロナウイルスに対して、この仮説が適用され続けることを期待して止みません。第6波は困ります。

 

実験動物 - 試行錯誤した感染症対策

1970年代前半の記憶です。薬理試験・毒性試験 (当時の呼称) に使用していた実験用小動物は、いま風の表現をすれば 「綺麗な環境で繁殖された動物」 という表現が適切だったと思います。当時の先駆的施設にあっても 「綺麗な環境」 と表現できるレベルでしたが、何をもって 「綺麗」 としたか想像できますか? ・・・お部屋 (飼育室) の掃除は箒で掃き、床は消毒液を浸したモップで拭いて一日の作業を終わる。飲水は水道水、飼料は製造元直結 (無滅菌) 、空気は中性能フィルターを通していたが、温度の管理精度は低かった。当時は室内を見た目にも綺麗にしておくことが管理者の最大の使命でした。それに比べて今は飼料も滅菌され、飲料水も水道法適用水または無菌水、飼育エリアでは空気もHEPAを通って一方向に流れるように加圧されている。
最初に50年も前の状況を 「綺麗な環境」 と誇らしげに書きましたが、今では 「それって、コンベンショナルという一般域のことですね」 といとも簡単に言われそうです。当時でも飼育室は特別な環境を維持するものとされ、我々も綺麗な状態に維持する努力をしていましたが・・・・

今、 「衛生的な環境」 と言えば、施設維持を含めて 「バリヤー管理の概念」 で表現できますが、“ SPF ” マウスの試験飼育を経験した1970年2月当時には、 「綺麗な実験施設」 が有っても 「衛生的管理」 、 「防疫的管理」 が可能な実験施設は何処にもありませんでした。そのため施設構造、飼育管理方法が不備であった当時では、SDAV (ラット唾液腺涙腺炎ウイルス) 、HVJ (センダイ ウイルス) などの感染症にしばしば遭遇しては実験の中断を繰り返すなど、時間の浪費に悩まされた時代でもありました。その後は医薬品GLPの施行準備に併せて、供給動物の品質が向上したことあるいは緩やかではあったが 「防疫的管理手法」 が定着したこともあって、1990年代後半になると教科書的な典型症状を見ることは稀なことになっていました。

 

遺伝子改変動物(TG動物と呼称していた)によって感染症が伝搬したころ

1990年代は薬理試験用途を目的に疾患モデル動物、遺伝子改変動物の研究、作出が盛んに行われていたころでした。その結果、大学・企業の飼育室には動物が溢れてきていましたが、実験に大きく影響を及ぼすような深刻な感染症の発生も無くなっていたため、飼育担当者は忙しくも日々粛々と作業を行う毎日になっていました (良い意味での安定期) 。溢れてきた動物はやがて施設間の 「分与」 によって、移動が始まりました。その中には検査をすり抜け(緩んだ検査体制)、感染症を伝播させる個体も出て来ました。
当時大きな話題になった感染症はMHV (マウス肝炎ウイルス) でした。MHVは免疫機能が正常なマウスに感染しても臨床症状を示さない特徴もあったため、検査をした時には既に全室が汚染されていたという話もしばしば聞きました。このため現在でも伝染力はきわめて強く、研究施設においては最も検出頻度の高いウイルス感染症に位置づけられています。深く奥底に潜みながら生き延び続けているウイルと言う印象もあります。MHVは前出のSDAVと同様にコロナウイルス科に属したRNAウイルスで、エンベロープを持っています。このためCOVID-19でも言われているように、増殖能は高く (感染性が強い) 、アルコール感受性 (良く効きます) の特性は同じです。

 

防疫的管理手法の実践

1960年代70年代の企業研究所の実験動物管理は、いわば家畜的飼育方法の延長線上にあり、経験と試行錯誤によって維持が図られていたと言えるものでした。飼育管理手法が大きく変わってきたと思える時期は、医薬品GLPの準備が始まった1980年代になってからでした。科学的根拠に基づいた実験動物の飼育に徹するために採用された考え方は、医薬品製造において実績のあった品質管理方法でした。生産 (繁殖) から実験者に提供するまでのプロセスを分析し、それぞれに品質管理方法を準用させたものです。目指すべき製品 (供給動物) は、飼育環境、微生物学的品質の均質化による実験精度の向上 (再現性の確保) でした。その一例である微生物学的な統御では、感染症は施設に入れない (水際阻止) ための徹底検査、入れざるを得ない場合は徹底的な隔離 (アイソレータ飼育) と専業員による管理、さらには効果的な微生物モニタリングの実施 (感染症の摘発) 、併せて施設構造と動線の検討、飼育エリア内の差圧管理方法、記録類の保存法、施設利用者の教育・研修方法など多岐に亘るものでした。

実験動物の防疫的管理手法は、現在の新型コロナ感染症対策と同じ? ですね。ウイルス統御の基本は徹底的な 「隔離」 とウイルスの行き先を無くすことです。動物施設の安定的管理はハードを整えソフトを絡ませることで完成されます。また、それは日常の努力の上に完成するものと思いました。

コンサルタント 仁田 修治