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おじさんぽ ~滋賀編 第2弾~
こんにちは、経営企画室の飛田です。前回、滋賀県散策の第一弾の記事を投稿しましたが、今回は第2弾。
「お花見クルージングと沖島散歩ツアー」(休暇村近江八幡主催)に参加してきました。
沖島は琵琶湖の有人の島でその歴史も深く、ひと昔前までは猫が沢山いる「猫島」としても有名だったそうです。(1匹だけ見ましたが、今はいなくなったそうです。)
さて、出発は近江八幡駅。駅から送迎バスで休暇村近江八幡へ行き、そこから船での沖島上陸というプラン。
今回はちゃんと田畑さんは来てくれるのか?(答えは後ほど)
9時30分に近江八幡駅を出発、30分程で休暇村到着。目的の沖島が見える。

船着き場から船に乗っていざ出発!
そして船上から恒例の「おじさんぽスタート!おー!」
よし。みんな今日も素敵な笑顔だ。

田畑さんも今回は無事に時間どおりに集合場所に到着。
そして、新メンバー経営企画室の中島さんです。(写真左)今回の素敵なツアーを企画してくれたのはこの中島さんです。(ありがとう!)
この時点で、皆テンション爆上がり。

沖島上陸! しかし、桜はまだ咲いていない。 残念。。。

早速、ガイドさんに連れられ、奥津嶋神社と願證寺を巡る。
まずは奥津嶋神社。ここは712年に藤原不比等により建てられたと言われる大変歴史ある神社。


境内にある由緒板には沖島の住民の祖先についての記載あり。保元の乱(1156年)にて、この島に落ち延びた源氏の7人の落ち武者が土着したのが起源だそうな。
続いて、情緒ある通りを抜けて願證寺へ。


願證寺には、蓮如上人(室町時代に浄土真宗本願寺派の復興とその後の繁栄の礎を築かれた偉いお坊様です)が子を思う母親の霊を成仏させるために蓆の上で書いたと言われる直筆の「南無阿弥陀仏」の6文字(虎斑の名号と呼ばれるそうです)が残っている。
更に湖岸沿いを少し散策。天気もとても良く、もう我慢ならなく、ここでかんぱーい。

最後に、沖島で取れたエビを使ったエビ豆コロッケを食べながら船着き場に戻る。

そして、さようなら沖島。島の周りを船で周遊して本土へ。

休暇村に戻って、すぐに豪華な昼ごはん。いただきまーす。

食後は温泉に浸かって、13時30分に送迎バスで次の目的地へ。
ここまでで、沖島ツアー終了。
送迎バス、クルージング、沖島観光、豪華な昼食、温泉すべて込みで1名5千円。大満足の観光ツアーでした。(皆様も是非、行ってみてください。)
続いて、「近江八幡巡り~豊臣秀次公の街づくり~」編
送迎バスを途中下車で、日牟禮八幡宮へ到着。
ここ近江八幡は、若くして近江の国の領主となられた豊臣秀次公が安土の城下町にならい、八幡山城城下を整備し、楽市楽座を開らかれたことで、後に近江商人が活躍する商業都市として発展してきました。
秀次公は豊臣秀吉の甥にあたり、子が無かった秀吉の後継者として、関白職に継がれました。しかし、その後に秀吉に子が産まれ(後の秀頼公)、家督争いに巻き込まれた結果、切腹させられるという悲しい最後を迎えられます。
秀次公は「殺生関白」などの汚名で呼ばれることがありますが、近年の研究では、これは後の豊臣政権を正当化すために捏造されたものであるという解釈が主流のようです。
少なくとも秀次公は街づくりで非常に優れた手腕を発揮され、ここ近江八幡では「町の開祖」として慕われております。
さて、前置きが長くなりましたが、まずは、日牟禮八幡宮を参拝。

続いて、秀次公が水上交通の要衝として整備された八幡掘り沿いをブラブラ歩く。
非常に美しい水路で桜が咲いていなかったのが悔やまれる。


八幡公園にて、近江八幡の町を見守るように建てられた秀次公の像。

最後に美しい城下町を散策

そのまま歩いて、JR近江八幡駅まで戻り、本日2回目のかんぱーい。

今日もよく歩き、よく飲みました。
ここで終了と思いきや、さらに京都駅まで戻って本日3回目のかんぱーい。

グループリーダー研修でこの日のお散歩は欠席だった染谷さんと合流し、本日のお散歩報告会。(まぁ散歩中も、おじさんグループLINEでずっと写真は送り続けていましたが)
で、これでこの日のおじさんぽは終了。総歩数約2万歩。
どんどん仲間も増えてきた。
酔いどれおじさんたちと遊んでくれる物好きは集まれー。